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東京地方裁判所 平成9年(ワ)27038号 判決 1998年3月30日

原告

小塚浩二

外一名

右原告両名訴訟代理人弁護士

片岡剛

被告

株式会社三和銀行

右代表者代表取締役

枝実

右訴訟代理人弁護士

小沢征行

秋山泰夫

香月裕爾

小野孝明

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の原告らに対する東京地方裁判所平成九年(ヲ)第二一一三号売却のための保全処分命令申立事件の決定に基づく強制執行はこれを許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原被告間には、東京地方裁判所平成九年(ヲ)第二一一三号売却のための保全処分命令申立事件についての決定(以下「本件決定」という。)があり、右決定は、原告丹野弘(以下「原告丹野」という。)に対し、右決定送達後五日以内に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)から退去すること及び株式会社ヒューマン・マネージメント・システム(代表者長野正宏(以下「長野」という)。以下同会社を「ヒューマン・マネージメント」という)以外の者に同建物の占有を移転してはならないことを、原告小塚浩二(以下「原告小塚」という)に対し、右決定送達後五日以内に同建物の内別紙図面斜線部分(以下「本件斜線部分」という)から退去すること及び同会社以外のものに同部分の占有を移転してはならないことをそれぞれ命じている。

2  しかし、後述するとおり、原告らの本件建物占有は同建物の価格を著しく減少したり又はそのおそれのある態様のものではない。

3  よって、本件決定の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

三  抗弁(民事執行法五五条一項の価格減少行為)

1  金銭消費貸借契約の締結

(一) 被告は、ヒューマン・マネージメントとの間で、平成元年六月一九日左記の銀行取引約定(以下「本件約定」という。)を締結した。

(1) 適用範囲 手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越、支払承諾、外国為替その他一切の取引に関して生じた債務の履行については、この約定に従う。

(2) 期限の利益喪失 ヒューマン・マネージメントが手形交換所の取引停止処分を受けたときは、被告からの通知催告等がなくてもヒューマン・マネージメントは被告に対する一切の債務について当然に期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する。

(二) 金銭の貸付け

被告はヒューマン・マネージメントに対し、①平成元年六月一九日、一億七〇〇〇万円を最終返済期日平成二六年五月三一日との約定で、②平成三年一二月三一日、一六〇〇万円を返済期日平成四年一二月三一日との約定でそれぞれ貸し付けた。

2  担保権設定契約

ヒューマン・マネージメントは、被告に対し、平成元年九月二一日、本件建物及びその敷地である別紙物件目録記載の各土地(以下右各土地を併せて「本件土地」といい、本件土地と本件建物を併せて「本件競売対象不動産」という)につき、被告の同会社に対する銀行取引上の債権・手形債権・小切手債権を被担保債権として、共同根抵当権(以下「本件根抵当権」という)を設定した。

3  期限の利益の喪失

ヒューマン・マネージメントは、平成四年八月一一日に二度目の手形不渡りを出して銀行取引停止処分を受けた。これにより、同会社は前記1(一)(2)の約定により被告に対する前記1(二)の借受金債務につき期限の利益を喪失した。

4  本件根抵当権の実行

被告は、平成五年六月、本件根抵当権に基づき、ヒューマン・マネージメントを債務者兼所有者として、執行裁判所に対して、本件競売対象不動産の競売の申立てをし(東京地方裁判所平成五年(ケ)第二六六二号、以下「基本事件」という)、執行裁判所は、平成五年六月二八日に競売開始決定をし、同月二九日に本件競売対象不動産について差押登記が経由された。

5  民事執行法五五条一項「不動産の価格を著しく減少する行為」の存在

(一) 原告丹野は、平成五年二月一日、ヒューマン・マネージメントから本件競売対象不動産を期間三年、賃料合計一か月一万五〇〇〇円(本件建物について一万円、本件土地について五〇〇〇円)の約定で賃借した(以下「本件賃貸借契約」という)と称して、そのころから本件建物を占有しており、原告小塚は本件斜線部分を原告丹野ないし神林孝宏(以下「神林」という)から賃借している(以下「本件転貸借契約」という)として、平成五年三月ころから占有している。

(二) しかし、原告らが右賃料を支払っているとは認められない。

また、原告小塚は、原告丹野の依頼を受け、ヒューマン・マネージメントに三〇〇〇万円を貸与したが、同会社がその返済をせず、長野が所在不明となったため、同原告と協議した上で、本件建物からの賃料を取り立ててこれを右貸付金の返済に充当するため同原告から転借しているものである。

(三) したがって、原告らの本件建物及び本件斜線部分に対する占有は正常な賃借権に基づくものではない。そして、基本事件の円滑な解決のためには右占有を排除する必要があり、そのためには訴えの提起、強制執行等の手続を採ることを要することになるから、原告らの右占有は民事執行法五五条一項の「不動産の価格を著しく減少する行為」に該当することが明らかというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1ないし4は認める。

2  同5は、原告小塚のヒューマン・マネージメントへの貸金の事実、その回収のために本件賃貸借及び本件転貸借が行われたことの外形的な事実は認めるが、右各契約に基づく原告らの占有が本件建物の価格を著しく減少させるものであるとの主張は争う。

原告らの本件建物に対する占有は、原告丹野のそれが長野の了解を得て平成五年二月一日からであり、原告小塚のそれは同年三月末ころからであり、いずれも基本事件の競売開始決定の同年六月二八日前に開始されていること、原告らは暴力団の事務所として本件斜線部分を使用しているのではなく、自動車金融業の営業事務所として使用しているものであり、そのために、原告らは本件建物をその所有者である長野の承諾を得て競売開始決定前に改装しているところ、これには相当な費用がかかっており、必ずしも建物の評価を減少させる行為には当たらないこと及び、平成九年六月三日、原告らは原告小塚が本件基本事件の係属後に競売入札妨害罪の嫌疑で逮捕・勾留されるなどして、近隣に迷惑をかけたこと等を反省し、本件建物の買受人から明渡しの要求があれば直ちに退去する旨の意思表明を執行裁判所に対して行っていることなどを考慮すれば、原告らの本件建物に対する占有には民事執行法五五条一項の「不動産の価格を著しく減少する行為」は認められないというべきである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  本件決定の存在は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  抗弁1ないし4は当事者間に争いがない。

2  抗弁5(民事執行法五五条一項の「不動産の価格を著しく減少する行為」該当事由)について検討する。

(一)  証拠(甲三、四、乙一)に弁論の全趣旨を併せ検討すれば、原告丹野は長野から平成五年一月下旬ころ、倒産状態にあるヒューマン・マネージメントに対する三〇〇〇万円の融資の依頼を受け、同原告には資金がないため知人の原告小塚を金主として紹介し、同原告が同年二月上旬ころ同会社に対し右三〇〇〇万円を貸し付けたこと、そして、原告らと長野との間で、原告丹野が本件建物の店子からの賃料を徴収してこれを右貸付金の返済に充てるという合意が成立し、これに基づき、原告丹野がヒューマン・マネージメントから本件建物を賃借することとなったこと、しかし、その後、右賃料だけでは約定の金利(月三分)にも満たないために、原告小塚も本件建物の一部を廉価に借りる合意ができ、同原告が更に本件建物の内一〇一号室・一〇二号室・一〇三号室を原告丹野ないし神林から転借するに至ったこと、原告丹野が本件競売対象物件を賃借したのは、平成五年二月一日からであり、その内容は契約締結日から三年間・賃料は土地につき月五〇〇〇円、建物につき月一万円であること、原告小塚の本件転貸借については遅くとも同年四月一日ころからの占有であることが認められる(なお転借料の合意の有無ないし合意額は定かではない)。

(二)  右に加え、本件競売対象不動産が東京都大田区大森に所在し、その面積等も本件土地の地積が228.05平方メートルであり、本件建物の床面積は一階83.52平方メートル・二階83.52平方メートルであることに照らすと、原告丹野が負担する前記賃料は不当に廉価に過ぎ、到底正常な賃料と認めることはできない。

その上、そもそも原告丹野がヒューマン・マネージメントに対し右賃料を支払っていると認めるに足りる証拠はないし、原告小塚の本件転貸借もこれを裏付ける契約書もなく転借料支払の事実を認めるに足りる証拠もない。

(三)  以上に基づき考察すると、原告らの本件建物に対する占有は、専ら原告小塚のヒューマン・マネージメントに対する貸付金債権の回収を本件建物の担保権者に優先して行うため、右建物を占有することにより事実上店子からの賃料徴収を行おうというものであり、賃料支払等の賃貸借の実体も見い出し難い。

したがって、原告らの本件建物に対する各占有は、通常の健全な建物使用を目的とする正常な賃借権ないし転借権に基づくものとは到底認められないというべきである。そして、原告らのかかる占有を排除するためには、訴えの提起や強制執行などの手続を採ることが必要となることが明らかなのであるから、右占有が本件建物の価格を著しく減少させる行為に該当することは明白というべきである。

(四)  なお、以上に検討したことのほか、原告らはその占有開始が本件基本事件の競売手続開始前である、本件斜線部分に該当する各室に価値の増加をもたらす改修工事を行っている、あるいは買受人から明渡請求があれば直ちに退去する旨の意思表明を裁判所に上申しているなどとるる弁解するが、いずれもそれ自体合理性のないものであることが明らかであり、前記認定の占有に至る経緯、目的、態様等に照らすと、右はいずれも前記判断を左右するには足りない。

三  よって、原告の本訴請求は理由のないことが明らかであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官藤村啓)

別紙物件目録<省略>

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